西洋の名画を続けて見てきたので、今回は少し変えて、日本の浮世絵から作品を選ぶことにしました。
選んだのは、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》です。
美術に詳しくない私でも知っている、とても有名な絵です。ただ、これまで作品について詳しく調べたことはありません。
そこで今回も、まずは作者や作品について調べずに、自分の目でじっくり見てみることにしました。

1. まず何も調べずに見て感じた「波の大きさ」
作品を見た瞬間、最初に思ったのは、
「波が大きい」
ということでした。
画面のかなり広い部分を波が占めていて、とにかく大きく見えます。全体から受ける印象も、静かな景色というより激しい感じです。
特に左側から中央にかけて立ち上がっている波は、今にも船の上に落ちてきそうです。
この波の迫力は、この絵の好きなところでもあります。
一方で、波があまりにも大きいので、
「この波だったら、船は転覆しているのではないか」
とも思いました。
何度も目にしたことのある作品ですが、改めてじっくり見ると、最初に感じたのはやはり波の大きさでした。
2. 大波より先に目が行った小さな富士山
大きな波が目立つ作品ですが、私が最初に目を向けたのは、意外にも画面中央付近にある富士山でした。
波と比べると、富士山はかなり小さく描かれています。それでも中央付近にぽつんと見えているためか、自然と目が行きました。
周囲では大きな波が動いているのに、富士山だけは遠くに小さく見えています。

そのあと改めて大きな波を見ると、波の下には何艘かの船が描かれていることにも目が向きました。
大波、船、そして遠くに見える富士山。この三つが一つの画面に入っているのが気になりました。
3. 船の間隔と、拡大して気づいた人物の顔
しばらく見ていて気になったのが、船同士の間隔でした。
大きな波の中に複数の船がありますが、かなり近いところを進んでいるように見えます。
これほど荒れた海で、なぜこんなに近い間隔で船が並んでいるのだろうと思いました。
また、画像を拡大して船に乗っている人たちを見ると、船の上で前かがみになっている人たちの顔が、私には犬の顔のようにも見えました。
小さく描かれているため、作品全体を普通の大きさで見ていると気づかなかった部分です。

色については、今回見ている画像では全体的に少しくすんでいるように感じました。
浮世絵が作られた当時には、もう少し鮮やかな色だったのではないかとも思いました。
4. 大波の中の船は実際にあったのだろうか
特に気になったのは、大きな波の中に描かれている船です。
私には、
「波の大きさを強調するために、船を入れたのではないだろうか」
とも見えました。
実際にこのような場所を船が走っていたのでしょうか。それとも北斎が作品のために考えた場面なのでしょうか。
船同士の間隔が近いことや、この船が何をする船なのかも気になります。
また、葛飾北斎がどのような絵師だったのか、《神奈川沖浪裏》にはどのような特徴があるのかも調べてみることにしました。
そしてもう一つ気になったのが色です。当時はどのような青色だったのかも知りたくなりました。
5. 押送船とベロ藍から《神奈川沖浪裏》を知る
《神奈川沖浪裏》は、葛飾北斎による風景版画シリーズ《冨嶽三十六景》の一枚です。すみだ北斎美術館では天保2年(1831年)頃の大判錦絵とし、国立西洋美術館ではシリーズを1830~1833年頃の制作としています。《冨嶽三十六景》は最終的に全46図となり、版元は西村屋与八でした。
作品名の「神奈川沖」は、東海道の宿場町だった神奈川宿、現在の横浜市神奈川区付近の沖合を指します。すみだ北斎美術館では、現在の東京湾上から見た景色として説明しています。
波の中の3艘は、押送船(おしおくりぶね)と呼ばれる実在した種類の船でした。房総や伊豆方面から江戸へ鮮魚を素早く運ぶために使われていた船です。大英博物館も、江戸の市場へ新鮮な魚を運ぶ高速の船として説明しています。
ただし、「この大波に3艘の船が巻き込まれた」という特定の実話を描いた作品だという資料は、今回確認できませんでした。また、私が最初に気になった「なぜ3艘がこれほど近くを進んでいるのか」についても、確認した美術館資料から明確な理由は分かりませんでした。
構図については、大きく動く手前の波と、遠くに小さく見える富士山との対比が重要な特徴です。すみだ北斎美術館も、力強い大波と静かにたたずむ富士山による「静と動」の対比を挙げています。
青色には、当時日本で使われるようになったベロ藍(プルシアンブルー)という化学顔料が使われています。大英博物館によると、それまで使われていた藍などに比べ退色しにくく、より強い青を表現できました。木版画なので複数の摺りがあり、保存状態などによって現在の色の見え方にも違いがあります。
葛飾北斎は1760年生まれ、1849年没の浮世絵師です。約70年にわたり制作を続け、役者絵、挿絵、風景画、花鳥画、肉筆画など幅広い作品を残しました。《冨嶽三十六景》は北斎が70代の時期に生み出した代表的なシリーズです。
6. 静と動を知ってから、もう一度見てみた
作品について調べてからもう一度見ると、最初とは少し違うところが気になりました。
一つは、遠くと近く、静と動の対比です。
最初から大きな波と小さな富士山は見ていましたが、調べてから見ると、手前の激しく動く波と、遠くに小さく見える富士山との違いをより意識するようになりました。
そして、もう一度見たときに新しく気になったのが、富士山の周りの空の色です。
よく見ると、このあたりだけかなり暗く見えます。
「嵐だったのだろうか」
という新しい疑問が出てきました。ただ、今回確認した資料だけでは、この暗い空を実際の嵐として描いたものなのかどうかまでは分かりませんでした。
また、最初は「なぜこのような波の中に船を描いたのだろう」と思っていましたが、押送船が鮮魚を江戸まで運ぶために使われていたことを知り、実際に海上を急いで進む船を題材にしていることが分かりました。
色については、最初に感じたことと大きく変わりません。
今回の画像は少しくすんで見えますが、ベロ藍が使われていたことを知り、「作られた頃はもっと鮮やかな青色だったのだろう」と想像します。
7. 押送船は荒れた海でも出ていたのだろうか
今回一番「なるほど」と思ったのは、大きな波と富士山による静と動の対比でした。
最初に見たときにも波の激しさと小さな富士山には目が行っていましたが、それを一つの構図として意識するようになりました。
一方で、まだ分からないこともあります。
それは、
「これほど海が荒れていても、押送船は出ていたのだろうか」
ということです。
押送船が鮮魚を江戸へ急いで運ぶ船だったことは分かりました。しかし、この作品のような荒れた海でも実際に航行していたのかどうかまでは、今回調べた資料では確認できませんでした。
作品について調べたからといって、すべての疑問に答えが出たわけではありません。
8. 最後に感じたのは「波の轟音が聞こえていそう」
今回、作品について調べてからもう一度見て、最初より《神奈川沖浪裏》が好きになりました。
最初は何よりも「波が大きい」という印象でした。
調べたあとでは、大きな波と小さな富士山が作る静と動の違いや、波の中にいる船が押送船だったことも意識して見るようになりました。
そして最後に作品全体を見て感じたのは、
「波の轟音が聞こえていそうだ」
ということでした。
絵なので実際には音はありません。それでも、船の上に迫るほど大きく描かれた波を見ていると、最初に感じた「激しい感じ」が、最後には波の音まで想像するような見え方になりました。
9. まとめ
葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》を、最初は作品情報を知らない状態で見ました。
最初に感じたのは大きな波とその迫力で、意外にも最初に目が行ったのは中央付近の小さな富士山でした。船同士の間隔や、荒れた海の中に船がいることも気になりました。
調べてみると、船は鮮魚を江戸へ運んだ押送船であり、大きな波と遠くの富士山には静と動、近くと遠くの対比があることが分かりました。
もう一度見たときには、富士山の周囲の暗い空にも目が行き、「嵐だったのだろうか」という新しい疑問も出てきました。
最初よりこの作品が好きになり、最後には「波の轟音が聞こえていそうだ」と感じました。
同じ作品でも、人によって最初に目に入る場所や、調べたあとに気になるところは違うかもしれません。気になった方は、大波だけでなく、小さな富士山や船、空の色までゆっくり眺めてみるのも面白いと思います。
作品・画像情報
作品名: 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏
作者: 葛飾北斎
制作年: 天保2年(1831年)頃
所蔵先: 木版画のため複数の摺りが現存し、すみだ北斎美術館、東京国立博物館、大英博物館など国内外の複数の美術館・博物館が所蔵しています。
画像素材:
「センペンバンカ 世界&日本の名画コンプリートセット Win&Mac版」収録画像
収録元:
センペンバンカ 日本の名画808
画像加工:
作品全体画像は縦横比を維持して掲載。
アイキャッチ画像・本文中の部分画像は必要に応じてトリミングして使用。
参考にした主な資料
- すみだ北斎美術館「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」— 制作年代、神奈川沖、押送船、静と動の対比。すみだ北斎美術館 公式ページ
- すみだ北斎美術館「北斎について」「北斎の生涯」— 北斎の生涯と制作活動。北斎について 北斎の生涯
- 国立西洋美術館「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」— 全46図、制作年代、版元。国立西洋美術館 公式ページ
- 東京国立博物館 — 《神奈川沖浪裏》の所蔵・作品形式、北斎の制作活動。東京国立博物館 北斎展
- 大英博物館 — 押送船、プルシアンブルー、異なる摺りについて。British Museum 作品ページ The Great Wave: spot the difference
- MOA美術館「北斎 冨嶽三十六景」— ベロ藍とシリーズの特徴。MOA美術館 公式ページ
