アルチンボルドの作品を見るときは、何を使って人の顔を作っているのかというところが気になります。
今回選んだ《司書》は、植物ではなく、本を中心にして人物の姿を作っている作品です。
作品名が《司書》なので、見る前から「やはり本を使っているのだろうな」と思っていました。実際に見てみると、期待していた通り、たくさんの本が積み重なることで一人の人物に見えるようになっています。
まず何も調べずに作品を見て、その後で作品について調べ、もう一度見てみました。

1. まず何も調べずに作品を見てみた
最初に見たときに思ったのは、「司書だから本なんだな」ということでした。
頭から体まで、たくさんの本や本に関係していそうな物を組み合わせて、一人の人物に見えるように作られています。
アルチンボルドの作品の中でも、植物ではない物を使った肖像画を見てみたいと思って選んだので、たくさんの本で人物が作られているところは期待していた通りでした。
一方で、作品全体の色はかなり暗く感じます。本も茶色や白っぽい色が中心で、背景にも暗い色が使われています。
ただ本が積み重なっているだけではなく、それがきちんと一人の人物の顔や体に見えるところも不思議です。
さらに見ていると、単に面白い形の人物を描いただけではなく、何かを訴えているようにも見えてきました。ただ、この段階では、それが何なのかまでは分かりませんでした。
2. 最初に目が行ったのは髭の部分
最初に気になったのは、顔の下にある髭の部分でした。
茶色や白っぽい細長い物が何本も集まり、長い髭のように見えています。しかし、よく見ると本そのものではなさそうです。
私には筆のようにも見えました。
《司書》という題名から考えれば、本と関係する何かなのかもしれませんが、作品について何も知らない状態では、何を描いているのか分かりません。
本を積み重ねるだけでなく、こうした細かな物まで人間の髭として使っているところが特に気になりました。

3. よく見ると眼鏡を掛けているようにも見える
しばらく眺めていると、今度は目のあたりが気になってきました。
最初は特に意識していませんでしたが、よく見ると眼鏡を掛けているようにも見えます。
ただ、本当に眼鏡なのか、それとも別の物を目に見立てているのかは分かりません。
また、作品全体を見直しても、やはり暗い印象でした。
たくさんの本で人間を作るという仕掛け自体は面白いのですが、「なぜ本を使って人を描いたのだろう」という疑問も出てきました。
単に本を組み合わせると顔になるという面白さだけなのか。それとも、そこには別の意味があるのでしょうか。

4. 目の正体と、この絵に風刺があるのか知りたくなった
調べる前の段階で特に知りたくなったのは、人物の目が何で作られているのかということです。
眼鏡のようにも見えましたが、アルチンボルドが何を目として使ったのか気になりました。
もう一つは、この作品に風刺や何らかの主張が含まれているのかということです。
本で人間を作るという発想だけでも面白いのですが、見ているうちに、それだけではないようにも感じました。
髭に使われている物も含め、このあたりを調べてみることにしました。
5. 《司書》について調べてみた
《司書》はジュゼッペ・アルチンボルドの作品で、現在はスウェーデンのスコークロステル城に所蔵されています。所蔵館の記録では制作年代は「1562~1566年?」とされ、油彩・カンヴァス、作品寸法は約98×71cmです。所蔵館は、この人物を学者ウォルフガング・ラツィウスである可能性が高いとしています。
アルチンボルドは16世紀後半、ハプスブルク家の宮廷で活動したミラノ生まれの画家です。果物、野菜、魚、書物など、さまざまな物を組み合わせて人物を表す「合成人物像」で知られています。
1. 《司書》の人物はどんな人だったのか
モデル候補のウォルフガング・ラツィウスは、ウィーン大学の医学教授で、皇帝フェルディナント1世の公式歴史家でもありました。皇帝のために図書館や修道院、文書館などを訪れ、歴史資料を調査・収集していた人物です。
そのため、《司書》という題名から現在の図書館で働く司書を想像するより、本や歴史資料の収集・研究と深く関わっていた宮廷の学者と考えると、この人物の背景が少し分かりやすくなります。
2. 髭は羽根ばたき、目は鍵だった
最初に筆のように見えた髭について、アメリカのナショナル・ギャラリー・オブ・アートの資料では、羽根ばたきで表されていると説明されています。
さらに、目は鍵、頭髪は開いた本、指は栞で作られているとされています。
最初に眼鏡のように見えた部分が、資料上では「鍵」と説明されていることが分かりました。
3. 風刺という見方もある
この絵に何らかの風刺があるのかという疑問については、一つに決まった解釈があるわけではありません。
所蔵館は《司書》を肖像カリカチュアとして扱い、皇帝の周囲の人物を描いた一連の作品の一つと説明しています。
また、図書館史研究者K・C・エルハードは、《司書》について、学問そのものをからかった作品というより、読むことよりも本を所有・収集することに関心を持つ蔵書家を風刺した可能性を論じています。これは研究者による解釈であり、アルチンボルド自身が制作意図として説明したものではありません。
6. 髭の意味を知ってから、もう一度見てみた
作品について調べたあと、もう一度《司書》を見てみました。
一番見え方が変わったのは、最初から気になっていた髭の部分です。
髭が「ほこりを払うための羽根ばたき」だと分かってから見ると、あごの下に伸びている一本の棒が目に入りました。
最初に見たときには別々の物として眺めていましたが、羽根ばたきだと知ると、髭の部分とその棒が「はたき」と「柄」としてつながって見えます。
一方、作品情報を知ったからといって、作品そのものへの好き嫌いが変わったわけではありません。
また、もともと「口が動きそう」に見えていた印象も変わりませんでした。
もう一度見て新しく目に入ったのは、人物の頭の後ろにあるカーテンです。模様を見ていると、私にはお化けのような形に見える部分がありました。
7. 分かったことと、それでも分からない目の鍵
調べて「なるほど」と思ったのは、《司書》と呼ばれている人物が、単純に現在イメージする司書ではなかったことです。
本や歴史資料の収集・研究と深く関わっていた宮廷の学者だったと知ると、本で人物を作っていることとの関係が分かりやすくなりました。
一方で、まだ腑に落ちないのが目の部分です。
資料では鍵で作られていると説明されていますが、私が現在イメージする鍵とはかなり形が違います。
「当時の鍵は、こんな感じだったのだろうか」と、ここは今も少し気になっています。
8. 最後まで変わらなかったのは「面白い」という感想
作品について調べ、もう一度見ましたが、最初より好きになったという変化はありませんでした。逆に印象が悪くなったわけでもなく、作品に対する評価は変わりません。
ただ、髭が羽根ばたきだったことを知ると、それまで意味が分からなかった一本の棒とのつながりが見えてきました。
モデルとされる人物について知ったことや、風刺という見方があることも分かりましたが、最後にこの作品を見て残った感想は、やはり「面白い」です。
まとめ|本の肖像は、知ってから見ると細かな仕掛けが見えてきた
最初に《司書》を見たときは、たくさんの本で人物が作られていること、暗い色合い、そして髭や目が何でできているのかが気になりました。
調べてみると、髭は羽根ばたき、目は鍵とされ、モデル候補も本や資料の収集・研究に深く関わった人物でした。
もう一度見たことで、特に髭と羽根ばたきの柄とのつながりが分かりました。一方、鍵に見立てられた目については、まだ疑問が残っています。
好き嫌いの印象そのものは変わりませんでしたが、「面白い」という感想は最後まで残りました。
同じ作品でも、人によって最初に目に入る場所や、調べたあとに気づくところは違うかもしれません。気になった方は、本の一冊一冊だけでなく、目や髭など細かな部分までゆっくり眺めてみるのも面白いと思います。
作品・画像情報
作品名: 司書(The Librarian)
作者: ジュゼッペ・アルチンボルド
制作年: 1562~1566年頃(所蔵館では「1562 1566?」と記録)
所蔵先: スコークロステル城(スウェーデン)
画像素材:
「センペンバンカ 世界&日本の名画コンプリートセット Win&Mac版」収録画像
収録元:
センペンバンカ 世界の名画606
画像加工:
作品全体画像は縦横比を維持して掲載。
アイキャッチ画像・本文中の部分画像は必要に応じてトリミングして使用。
参考にした主な資料
スコークロステル城/スウェーデン国立歴史博物館群
作品の制作年代、技法、寸法、所蔵先、モデル候補、来歴などを確認。
《司書》作品情報
National Gallery of Art(米国)
髭=羽根ばたき、目=鍵、指=栞など、作品を構成する物について確認。
Arcimboldo: Nature and Fantasy
国立西洋美術館
アルチンボルドの経歴と宮廷での活動について確認。
アルチンボルド展
オーストリア国立図書館
ウォルフガング・ラツィウスの経歴、歴史資料の調査・収集について確認。
1514: Scholars and Their Libraries
University of Illinois/K. C. Elhard
《司書》の風刺に関する研究を確認。

